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20190526

こんにちは、銀平です。

昨日の日記でずなちゃんが僕を嘘つき呼ばわりしてましたが、痩せてたのは真実です。

僕は中学では3年間バスケをやってました。その時は身長170cm体重60kgぐらいの体格でした。これを再三言っているのですが、誰も信じてくれません。証拠写真もあるのでご覧になりたい人はぜひ言ってください。バスケ部では休日の練習は朝8時から昼1時まで、ランメニューだけで約1時間と今考えたらクレイジーでした。今じゃ絶対できないです笑

ラグビーは高校から始めました。入ったきっかけはあまり覚えてませんが、我が母校住吉高校はゆうまやわぽの神戸高校みたいにハードな練習ではなかったので初心者にはありがたかったです。とりあえず体を大きくしたかったので、練習後は持参したおにぎりとプロテインをよく食べてました。おかげで引退前には体重は80kgぐらいまで大きくなりました。

高校の時はロックやフランカーをやってたので今よりもう少し動けてました。フランカーの時は相手のスタンドオフのキックをチャージしてそのままトライというミラクルプレーをしたこともありました。これは映像が残っているんですが、ブルーレイディスクで、家には再生機器が無いので未だに観れず終いです。

そして高校で身につけた食欲は浪人中も止まらず現在のわがままボディが完成したという感じです。その後無事に進学し、大学でわかばさんや他の先輩の勧誘でラグビー部に入り、今に至ります。

ラグビー歴が浅いので偉そうなことはあまり言えませんが、僕みたいなスポーツに不向きな体型のやつでも試合に出れているので初心者の1回生にもぜひ頑張って欲しいです、いや一緒に頑張りましょう!

P.S.1回生の方々と全然ご飯に行けてないので申し訳ございません。りんぞうさんにこっぴどく怒られました。もう財布を家に忘れないので、しっかり行きます。

次は皆さん過去が知りたいであろう江口くんの番です。

20190525

こんばんは、大倉です。

歴史というほどたいそうなもんじゃないですが、僕も過去について書きたいと思います。

僕は小1のときにラグビーを始めました。
幼なじみの友達に誘われて始めたラグビーでしたが、5年生までまあ楽しくなかったです。
毎週日曜日が来るたびに辞めたくなりました。
ドラゴンボールやワンピースが見たかったです。
5年生の時に親に辞めていい?って聞いたのを今でも覚えています。
後1年だけやからってことで、続けたんですが、小6の引退間際にやっとタックルにいけるようになって、そっから数ヶ月は楽しかったです。 最悪、死んでもいいやーと思ったらタックルいけるようになりました。

中学になると、仲の良かった友達がみんなバスケ部に入ったので、僕もバスケ部に入りました。
というのも、僕の中学校は新設校だったので、全生徒が僕らの学年の70人しかおらず、テニス、バスケ、陸上などの少人数スポーツしかまともに部として成り立ってませんでした。 たしかサッカー部は2人、野球部は5人やった気がします。

高校は特に何も考えずバスケ部に入りました。
高校の先生はかなり怖く、ルーズボールを取りに行く練習があって、体育館で何回もヘッドススライディングさせられました。
今思うとやばいことしてました。

大学は何するか迷ってましたが、雰囲気が良かったのでラグビー部に入りました。
大学に入ってからは、やっぱ死ぬのはいややーと思っているのか、うまくタックルできません。
死んでもいいやの精神で頑張っていきたいと思います。

長々とすみません。

次は、昔痩せてたとウソをつき続ける銀平です。

20190524

こんにちは。ゆうまです。

僕は5才でラグビーを始めました。正直その頃のことは全然覚えていません。

僕は小さい頃泣き虫だったそうで、そんな僕を心配したお父さんはラグビーをさせることで強い子になるのでは、と考え僕をラグビースクールに通わせたそうです。

小学校の間はまったく面白くなく苦痛でした。それにラグビーをしていることが恥ずかしくて、ラグビーをしていることとピアノを習っていることは小学校の友だちには秘密にしていました。

小さい頃は毎週末がほんとうに憂鬱だったんですが、スクールの友だちと仲が良かったこともあり、小中9年間続けてしまいました。

中学校では陸上部に入部したのですが、気づけばラグビーが好きすぎて平日も部活をサボってスクールの友だちとラグビーボールを触っていました。そのおかげもありパスが人より上手になり、SOであり続けることができたと思います。

高校ではチームの方針がDFを武器にする、という感じだったので和歩が言ってたようにコンタクト練ばかりでした。その辛い日々を思い出すと「あれに比べたら全然楽勝!」という感じで、だいたいの困難は乗り越えることができます。そして大学の練習をとても楽しいと感じることができています!

僕はラグビーの試合とかをあんまり見ないタイプで、ラグビー選手の名前もあんまり知らないんですが、やっぱりラグビーに興味を持つことがラグビーを上手くなるための1番の近道だと思います!今はYouTubeにラグビーの動画がいっぱいあるので新入生には是非それを見てラグビーを好きになってもらえたらな!と思います。

次はみんなが気になっているであろう大倉の歴史です。

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20190523

お疲れ様です、玲です。

ラグビーの昔話を始める前に、1回生の初めての日記がありましたが、そこで「まき」が「まさのり」という名前の漢字を「真紀」と書くことから「まき」と呼ばれているんだと知りました。 ちなみに僕のおかんの名前は「真紀」と書いて「まき」です。
それからと言うもの、おかんの名前を呼んでいる感があり強い違和感を感じています。
まきのことを、おかんと呼ぶ日も近いかもしれません…

僕がラグビーを始めたのは、保育園の年長の時なので6歳になります。同じ保育園の子が2人ラグビースクールに通っていて、誘われて行ったのがきっかけです。親には、サッカーを勧められていたこともあり2択で迷ったんですが、何かをやらされるのが嫌だったのか、自分が尖っていたのか、ラグビーを選びました。痛いのや血が嫌いな僕は、擦り傷を常に作るラグビーは向いていないと今でも思うのですが、ラグビーをしたことで得たものは大きくあり、間違いのない選択をしたんだと今も思います。
6歳からラグビーをしていたこともあり、約15年もラグビーをしていることになりますが、ゆうすけも書いていた通り、クラブチームは基本日曜しかなく、長くても3時間の練習のため、まぁ形だけだったのでしょう笑

それでも、高校に入るまでの間、多くの人と一緒にプレーさせて頂いて、その子達は、高校大学と全国で活躍し、何人かはこの先トップリーガーになるのだろうと思います。毎年冬に、選手権大会など全国大会を見る度に、友達の凄さに驚かされています。
昔からタックルはできず、手が驚くほど小さいことからハンドリングも上手いことはなく、身体は小さく、線も細く、目立つプレーヤーではなかったのですが、小学生の頃は走るのが速かったのでそれだけが武器でした。 今となっては、走るのすら並となり、武器探しをしています。

でも、小さい頃からクラブチームでしていたこともあるので、ラグビーの知識はある程度あり、大学からはじめた人に伝えられることはたくさんあるかと思います。そういう所で、新入生達にもできるだけ多くのことを伝えて、成長していってほしいです。 長くなりました。

次もスクール出身のゆうまさんお願いします。

20190522

お疲れ様です、かずほです。

ラグビー始めたころは今と違い、チビで細くてホンマにラグビー部か?って感じでした。

あ、今もそんな感じでした。笑

僕も流れに乗ってラグビー始めた頃の話をさせていただきます。

中学までは8年間野球一筋(俊足、ショート、下位打線)で、ゴリゴリ阪神ファンで、高校でも続けるつもりでした。

ですが、丸坊主だけはホンマに嫌やと思ってフラフラとラグビー部の新歓に行くと、めちゃくちゃノリ良くて今の一回生のように釣られて入ってしまいました。笑

(当時ゆうまは雑魚そうやからとあまり誘ってくれませんでしたが。)

神戸高校はただの公立なので、ほとんど初心者です。僕の代もゆうまと荒木以外16人初心者でした。

最初は何も分からないまま、神戸高校伝統の低く刺さるタックルを仕込まれ、ほぼ毎日フルコンの日々。(しかも長い)

雨の日はセービング大会。初心者には地獄でした。

正直最初は何度も辞めたいと思いましたが、同学年の皆が頑張っているからとこらえました。

夏合宿を超えたあたりで、自分よりも遥かに大きな相手にもタックルにいけるだけのメンタルは持てるようになり、できるプレーも少しずつ増えてきてラグビーが楽しくなりました。

高2までウイングをして、自分の代からハーフになりました。1年間何度もスタンドのゆうまに迷惑かけました。現在も見ての通りパスが下手くそなので、まだまだ伸ばしていきたいと思います!

大学でも続けたのは、高校最後の試合に、前の試合のももかんで全く走れなくて出られなかったからです。

最後の最後で始めて自分の代の試合を外から見て、皆めっちゃ体張ってて感動して涙が止まりませんでした。絶対大学で続けんねんと誓いましたが、大学自体に入れませんでした。

一浪して薄れたその思いをゆうまが容赦なく掘り起こしてくれて、体が小さくて不安でしたがもう一度ラグビーすることを決めました。

高校から始めた身なので、初心者が最初手こずる感じはすごく分かります。

でも何度も試行錯誤して、成功体験を繰り返していけば上手くなると思います。そういう意味ですごく頭のいるスポーツだなと思います。最初は苦労すると思いますが、体を張ってチームの役に立てた時とかすごくやりがい感じるので、是非前向きに頑張って欲しいなと思います!

すいません長くなりました、次は玲、ラグビー歴教えてー!

20190521

こんにちは!!ちげるです。

なんで、ちげるかと言うと、大雅→taiga→tigerでこれをローマ字読みするとちげるです。

高校時代に名付けられて何人かに呼ばれていました。それを勇助に言うと、呼ばれ出しました!!結構このあだ名気に入ってるんですけどね笑

僕も先輩たちに習って始めた時期を書こうと思います。

実は始めた時期は覚えていなくて、兄貴が地元のスポーツ少年団に入った時に僕も見に行っていたらしくそこで監督が見てるだけやったら暇やろうからお前もやるか??

的な感じで始めたらしいです。

それでどんどんはまっていって気づけばずっとしていました。僕も林蔵さんと一緒でずっとパスの練習をしていました。

そのお陰で中3の時にはもう今と変わらないくらいのパス能力は身につけていたと思います。

さらに小学校の時は途中から玲とか、ケント君とかが行っているようなクラブチームにも行きだしてそこのスクール選抜にも選ばれたりして今のトップのリーグの選手とかとも何回か一緒にプレーしたことがあります。

おっと、これはよく考えてみたらサッカーの話でした。失礼しました。笑

サッカー歴は15年です!!!

他の話もしようかと思いましたが長くなるのでこのへんにしときます!!

次はかずほです!!

ラグビー始めた時どんな感じでしたか?

20190520

ラグビー歴17年の三浦です。

市大戦のみんなの体を張ったプレーの数々は本当にかっこよかったです。早く復帰してチームの役に立てるように頑張ります。

僕はラグビー歴こそ長いものの強いチームでプレーをしたことはないしラグビーを始めた4歳から中学生までの間は地元のラグビースクールで週1でしか練習をしていませんでした。
昔からラグビーをしていた僕ですがタックルをできるようになったのは中学2年ぐらいなのでラグビーを始めてから10年近くは試合中にでかい相手から逃げて逃げて逃げまくっていました。でも、ある試合で勇気を出してタックルにいってみるとそれが決まりしかも全く痛くもなくタックルって案外こんなものかと思いました。僕みたいに無駄な時間を過ごさないで成功体験を早くしてもらいたいので初心者のみんなと大雅君には勇気を出してタックルにいってもらいたいものです。そのためにもチーム1怖い僕が初心者チームに厳しく指導したいと思います。

読んでくれてありがとう!次ちげる

20190518

どーも、いさやまです。えー、歌門くんが何を言ってるのかさっぱりわかりません。僕は今年院試もあるし、研究もしなければいけないのでとても忙しいです。現に今僕は研究室にきてFFTのプログラムを走らせてデータの解析をしてます。
最近は忙しすぎて書くことがないので、僕もタイガとかりんぞとかみたいにラグビーを始めた時のことを書こうと思います。ラグビーを始めたのは5歳ぐらいの時なのであまり覚えてないですが、5歳のころからストイックだった僕は厳しい鍛錬によって足が速くなりました。しかしタックルのできない奴はごみ扱いされる我が家では、僕はトライは取れても、タックルができなかったので、いつも帰りの車の中で親父にガンギレされて泣いていたのを覚えています。今考えればタックルのできない子供にブチギレる父親もどうかとは思いますが、でもまあ、楽しかったです。タックルができるようになったのは小学3年の時ですがその瞬間は気持ちよかったと思います。今年はたくさん初心者が入ってラグビーの楽しさを感じるのには時間がかかると思いますが、そのための近道は長所を伸ばして試合で活躍することだと思います。なので、我が家のようにタックルに固執することなく、得意なプレーを伸ばしていってほしいです。

ということで、次は僕と同様に忙しく、またタックルのできないこーじ君おなしゃす。

20190519

どうも、得意プレーはタックルとスワーブ、こーじです。

市大戦お疲れ様でした!
勝てて本当に良かったです!怪我、就活、学業と忙しく、1ヶ月ぶりの運動で全然走れませんでしたが、めっちゃ疲れたので帰ったら秒で寝たいと思います。

僕も流れに乗ってラグビー始めた頃のこと書きます。僕は高1の9月に、皆さんご存知ラグビーの名門校である金光八尾高校ラグビー部に入部しました。なぜ9月という中途半端な時期に入部したかと言うと、2個上に兄がいて、引退するまで入部させてもらえなかったからです。その理由は、当時の金光八尾ラグビー部はなかなかクレイジーで、ボールをキャッチできなかったりすると膝が飛んできたりするので、弟のそんな姿を見たくなかったっぽいです。そんな兄も家では僕を散々ボコボコにしてました。そんなこんなで殺人タックルを身につけ、現在に至ります。

次はラグビー歴の長い三浦よろしく!

20190517

どーも昨年、大雅と全然一緒に帰ったことのなかった、りんぞーです。

昨年もでしたが、今年の1年生はとても有望です!
まず、マネージャーが4人入ってくれたことはとても嬉しいことです。
そして、プレーヤーですが、7人と十分ではなく、まだ増やしたい数かもしれませんが、体の大きな人が多くいて、最近は特に小さいプレーヤーが多かったのでだいぶ助かります。
経験者はみんな上手で、初心者も向上心があり、ラグビーを楽しんでそうなので将来が楽しみです。

ここで大雅をまねて、僕もラグビーを始めた頃に振り返ってみると、ラグビーを始めたのは中学1年生の頃でした。
体が小さかったので、ハーフをしており、体が小さいなりのプレー技術を他の人より身につけるばかりでした。中学のラグビーと言えども、でかい相手だと、180cmの人や90㎏で足の速い人が中にはいました。今思うと中1の頃の40㎏代の僕が怖がらずにラグビーをしていたのが不思議です。
あと、ハーフだったので誰よりもパスを上手くなろうと考えた僕は朝6時から起きて、個人でパスの練習をし、部活で朝練をし、昼休みに個人でパスをし、夕方練習をし、帰ってから、パスの練習、とパスづくしでした。そのおかげで、1年経った中2の頃にはものすごくパスが上達しており、ハーフパスに関しては正直今と変わりません。
あと、小さいプレーヤーは脱力が大事だったので脱力も身につけていました。

今考えると、懐かしいです。こんな感じで僕も初めてラグビーを始めた頃、いろんな成長があり、楽しんで頑張っていました。
初心者のみんなも、成長し、成長が止まる事もあると思いますが、それでも楽しんで頑張って、また成長した下さい。

以上です。
4年生になってだいぶ忙しくなり、作業の合間に久々にどうでもいい内容の長文を書きました。

それでは次は時間をバイトなどに持て余している諌山君お願いします。